はじめに
結論から言うと、私は「体と心を守るため」に退職を決断しました。
退職を考えていた当時、正直に言うと「このまま働き続けるのはもう限界かもしれない」と感じていました。
50代前半の春、20年以上勤めた会社に、静かに別れを告げました。
管理職。それなりの給料。周りから見れば「恵まれている」と映っていたかもしれません。
でも私の心と体は、とっくに限界を超えていました。
気づいたときには、「このままでは本当に壊れてしまう」と思っていました。

本当に辞めて大丈夫なのか…収入どうするんだ…
▶︎ 退職後の生活費はいくら必要?50代のリアルな生活費を公開

でも、このままだと壊れるよ。一歩踏み出してみない?
このブログは、そんな私のリアルな退職の記録です。傷病手当、失業手当、投資、セカンドライフ——これから経験することを全部、正直に書いていこうと思っています。
同じように「会社を辞めたい」「でも怖い」と感じている50代の方に、少しでも参考になれば嬉しいです。
転機① 数年前、両親が相次いで逝きました
すべてのきっかけは、両親の死でした。
数年前、父と母が相次いで他界しました。介護をしながら見送りました。悲しむ暇もなく、相続の手続きが始まりました。
数次相続——聞き慣れない言葉ですが、簡単に言うと「一次相続の手続きが完了する前に、別の相続人が亡くなってしまうケース」です。書類、手続き、金融機関への対応。心が折れそうになりながら、すべてをこなしました。
そのとき、強く思いました。
「両親が残してくれたお金を、絶対に大切にしなければ」
転機② お金の勉強を始めました
相続をきっかけに、生まれて初めて真剣にお金と向き合いました。
FP3級の資格を取得し、家計を見直し、インデックス投資と高配当株式を少しずつ始めました。勉強すればするほど、見えてくるものがありました。
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「あ、これなら会社に依存しなくても生きていけるかもしれない」
その感覚が、退職への扉をそっと開きました。
転機③ パニック障害という、隠し続けた事実
実は、通勤中にパニック障害を発症していました。
電車の中で突然、動悸、息苦しさ、強烈な不安感——。心療内科に通い、薬を飲みながら、誰にも悟られないように管理職として働き続けました。
介護の疲れ、部下の相次ぐ退職、増え続ける予算目標。じわじわと、確実に、精神が削られていきました。

もう無理かもしれない…でも辞めたら終わりだ…

終わりじゃない。ここから変えられる
決断 上司に打ち明けた日
ある日、ついに上司に打ち明けました。そのまま社長面談に移行しました。
「辞めます」と言葉にした瞬間、涙が出そうになったのを今でも覚えています。
でもその直後、また部下が退職を申し出ました。自分の退職は一旦保留に。その繰り返しが続き、退職まで実に2年近くかかりました。
退職当日の朝
退職当日の朝、目が覚めました。
不安9割、ワクワク1割——まさにそんな気持ちでした。

やっぱり怖い…この選択間違ってないか…

でもここまで来たじゃないか。よくやったよ
でも不思議と、後悔はありませんでした。むしろ、長いトンネルをようやく抜け出せた気がしました。
おわりに:同じ境遇の50代へ
「辞めたいけど怖い」「自分だけが追い詰められているのか」——そう感じている50代の方に伝えたいです。
あなたは一人じゃないです。私も怖かった。でも一歩踏み出した先に、新しい景色がありました。このブログがその一歩の背中を押せたら、これ以上嬉しいことはありません。
退職を決意するまでの話はここまでです。
辞めた後、「お金どうするんだ…」と不安だった私が、実際に役立った記事をまとめました。
▶ 退職後のお金が不安だった私が調べた「傷病手当金」のまとめ(最大1年6ヶ月の収入確保)
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▶ 50代がインデックス投資を始めた理由|兄の一言と不安だらけだった当時の気持ち
どれかひとつでも、あなたの不安を軽くできたら嬉しいです。
そもそも私が初めてパニック発作を起こしたのは、ある朝の通勤電車の中でした。そのときの記憶と、毎朝やっていた5つの対処法についてはこちらの記事に詳しくまとめています。

パニック障害を抱えながら働き続けていた頃、仕事をどうやって乗り越えていたかについても書いています。

退職後1ヶ月を過ごしてみて、お金・体調・時間・手続きが実際にどう変わったのかも振り返っています。

