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パニック障害を隠しながら働いた私が、50代前半で会社を辞めるまでの話
はじめに
もしかすると今、
「このまま働き続けられるのか不安」
「でも誰にも言えない」
そんな状態ではありませんか?
これは、かつての私そのものです。
この記事は、今まで誰にも話したことがない、一番書くのに勇気がいった話です。
パニック障害——。当時の私は、その言葉を誰にも言えませんでした。家族にも、職場にも、友人にも。
管理職として毎日出勤しながら、ポケットの中には処方薬。それが私の日常でした。
同じように「誰にも言えず一人で抱えている」という方に、この記事が届いてほしいです。
最初の異変は、朝礼前のことでした
最初におかしいと思ったのは、通勤電車の中だけではありませんでした。
ある朝、会社の朝礼が始まる直前に、突然喉が締め付けられるような感覚に襲われました。息が通らない。苦しい。パニックになった私はそのまま会社を飛び出し、近くの耳鼻科に駆け込みました。
先生は「喉には問題ない」と言いました。

それ、体じゃなくて“心のサイン”かもしれないね
でも電車の中でも同じようなことが起きていると話すと、先生は静かにこう言いました。
「受診すべき場所は、ここじゃないと思います」
その言葉で、初めて心療内科の扉を叩く決意ができました。
2003年7月、パニック障害と診断されました
心療内科を受診したのは2003年7月のことです。
診断は「パニック障害」。処方されたのはデパスという薬でした。
帰り道、診断名を頭の中で繰り返しながら歩きました。怖かったです。でも同時に、「自分がおかしいわけじゃなかったんだ」という、不思議な安堵感もありました。
薬を飲みながら出勤する日々
当初は月曜日の朝だけ薬を飲んで出勤していました。
それでなんとかコントロールできていました。電車の中でのパニックは、薬のおかげで起きなくなりました。
でも問題は別のところにありました。
突然招集される社内会議、顧客先の会議室、野球場の観客席の中央付近——すぐに逃げられない場所に置かれると、頭の中に嫌なことしか浮かんでこなくなります。
「もし発作が起きたら」「みんなに気づかれたら」「逃げられない」
その思考を払拭するために、私がやっていたのは暗算でした。足し算、引き算をひたすら頭の中で繰り返す。そうすることで、嫌な思考を追い出していました。

それ、ちゃんと自分を守るための行動だよ
会議中も、商談中も、ずっと頭の片隅で計算し続けていました。誰も知らない、私だけの戦い方でした。今思えば、あの暗算が私を20年間支えてくれたのかもしれません。
立場が上がるほど、薬が増えていきました
年月が経つにつれ、立場は上がっていきました。
人前でのスピーチ、部下への訓示、役員との会議——逃げられない場面が増えるほど、薬に頼る頻度も増えていきました。
最初は月曜日だけだった薬が、いつの間にか毎朝になり、気づけば朝昼晩の3錠になっていました。
「このままじゃ、壊れると思いました」
そう思いながらも、騙し騙し会社へ向かう日々が続きました。
職場でのヒヤヒヤ
会議の途中で突然、動悸が始まったことがあります。
「気づかれたら終わりだ」と思いながら、深呼吸を繰り返し、頭の中で暗算を続けました。表情だけは平静を保ちました。会議が終わったあと、トイレにこもってしばらく動けませんでした。
あの頃は毎日が綱渡りでした。
家族にも言えませんでした

言ったら壊れてしまいそうで、怖かった
一番辛かったのは、家族にも言えなかったことかもしれません。
心配をかけたくなかったです。「管理職なのに」と思われたくなかったです。弱い自分を見せることが怖かったです。
夜、一人でスマホで「パニック障害 仕事 続ける」と検索した夜が何度もありました。同じような体験談を読んで、「自分だけじゃないんだ」と少し救われました。

“自分だけじゃない”って思えた瞬間、少し楽になるよね
だから私も、こうして書いています。
おわりに
パニック障害を抱えながら、20年以上働き続けました。
弱いのではないです。それだけ頑張ってきた証拠だと、今なら思えます。
もし今、同じ状況で一人で抱えている方がいたら——まず心療内科に行ってほしいです。
一人で抱えるには、重すぎる荷物だから。私自身も、最初の一歩はとても怖かったです。
制度を知っていたことで、「辞めても大丈夫」と思えるようになりました。
次の記事では、退職後に申請した傷病手当の体験談を書いていきます。知らないと損する制度なので、ぜひ読んでみてください。
在職中の苦しさはここまでです。
👉 それでも私が会社を辞める決断ができた理由は、こちらの記事にまとめています。
▶︎ パニック障害を隠しながら働いた私が、50代前半で会社を辞めるまでの話
同じように限界を感じている方の参考になればと思い、正直に書きました。

ここまで読んだあなたも、もう一人じゃないよ

管理職として隠しながら働く前、そもそもの「初めての発作」は通勤電車の中で起きました。発作の前兆や、私が「逃げられない場所」が苦手になった理由は別記事に書いています。


