朝の通勤電車で、急に心臓が痛くなった。
息が吸えない気がして、でも降りられない。
「あれ、これ、なんかおかしい——」
その「なんか」がなんなのか、当時の私にはわかりませんでした。
わかったのは、ずいぶん後になってからです。
これは、私がはじめてパニック発作を起こした日のこと。
そして、それからの数年間、毎朝の通勤電車を「やり過ごす」ためにやっていたことの記録です。
この記事では、私がはじめてパニック発作を起こした日のことと、その後の通勤で実際にやっていた対処法、そして「まさか自分が」を受け入れるまでの流れを書いています。

これ、自分のことかもしれないって思いながら検索してきた方、いらっしゃると思うんです。

「自分だけじゃなかった」って気づくだけでも、少し息がしやすくなりますよ。ゆっくり読んでくださいね。
あの日、通勤電車で初めてパニック発作が起きた
はじめての発作は、通勤中の電車内で起きました。
駅のホームに、ちょうど発車しそうな電車が停まっていて。
階段を駆け下りて、息を切らしながら、滑り込みセーフ。
扉が閉まり、電車はゆっくりと動き出しました。
息を整えようとするんですが、なんだか酸素が薄いような、違和感があって。
ん?息、吸えてない?
いやいや、落ち着こう。
よくわかんないけど、大丈夫。
大丈夫。
大丈夫……
大丈夫かこれ?
なんだかわからないけど、やばい。
電車を降りよう、と思いました。
でも、降りられない。
動き出した電車から、逃げられない。
「くわっ」と、激しい動悸が始まりました。
心臓が痛い?息ができない?
え?え?え?……
これがパニックなんだ、と気づいたのは、もっとずっと後のことです。
次の駅までの時間が、長いこと長いこと。
言いようのない動悸と不安感に、ぐるりと囲まれて。
早く、早く、早く着いてくれ。
普段なら気にしたこともない「駅から駅までの時間」が、こんなに長かったっけ、と思いました。
やっと到着して、扉が開いた瞬間、ホームへ抜け出しました。
ベンチに腰を下ろして、息を整える。
助かった。
なんだ、これ……。
これが、私のはじめての発作でした。
「大丈夫かな」が「あ、やばい」に変わる瞬間
その日以降、発作を起こしたあの「車両位置」からの乗車を、私は無意識に避けるようになりました。
合理的な理由はありません。
ただ、あの場所からまた起きそうな気がして、避けてしまう。
頓服薬をお守りのようにポケットに入れて、毎日「通勤チャレンジ」をしているような感覚でした。
不思議なもので、発作が起きる前には、自分でわかる前触れがあるんです。
頭の中の声が、こんなふうに変わっていきます。
「大丈夫かな?」
↓
「あ、やばい」
↓
「くわっ」
「大丈夫かな?」と「あ、やばい」の間には、何秒もありません。
たぶん、コンマ数秒。
でもその境目を、自分の中では はっきりと感じ取れるようになっていきました。
——いや、感じ取れるようになってしまった、と言ったほうが正しいかもしれません。
通勤電車で発作をやり過ごすために毎日やっていたこと
※ この記事は個人の体験談です。動悸や息苦しさ、強い不安が続く場合は、無理をせず医療機関に相談してください。
発作を完全に防ぐことはできません。
それでも、来る確率を下げたり、来そうになった時に「気をそらす」ことはできます。
朝の通勤電車のなかで、私が毎日やっていたことを、正直に書いておきます。
① 不安解消系の音楽をイヤホンで聴く
ヒーリング系の音楽や、自分が落ち着く曲のプレイリストを作って、電車に乗る前から聴き始める。
音楽が「外の世界」と自分の間に、薄いベールを一枚はさんでくれる感覚です。
② 余計なことを考えないために、ひたすら暗算する
電車に乗ったら、頭のなかで掛け算や引き算をひたすら続けます。
「17 × 23 は……」みたいに、少し負荷のかかる計算を選ぶのがコツでした。
頭が計算で埋まっていれば、「大丈夫かな?」が入り込む隙間がなくなる。
③ 車内広告を読む。逆からも読む
普通に読み終わったら、次は右から左に読む。
意味なんてどうでもいい。
ただ、頭を「文字を追う作業」で埋めておく。
④ 目を閉じて、いちばん小さい音を探す
イヤホンを外して、目を閉じて、車内のなかで一番小さな音を耳で探す。
これも結局、「意識をどこか別のところに置く」ためのトレーニングでした。
⑤ イヤホンケースをギュッと握る
握るものがあるだけで、不思議と落ち着きます。
ストレスボールでも数珠でも、なんでもいいんだと思います。
ただ「握る」という動作が、自分を地面につなぎとめてくれる感じがありました。
——こんなことを毎朝やりながら、私はパニック障害から逃げるように通勤していました。
ちなみに不思議なんですが、私の場合は帰りの電車ではあまり発作は起きませんでした。
たぶん「これから職場に行く」というプレッシャーと結びついていたんだと思います。

「こんな状態で会社に通ってるなんて、ばれたらどうしよう」って、毎朝思っていました。

通勤できていただけで、本当はもうじゅうぶん頑張っていたんですよね。
発作が起きた場所の共通点は「逃げられない場所」だった
発作が起きたのは、通勤電車だけではありませんでした。
私の場合、ほかにも こんな場所で起きました。
- 会議中の、出るに出られない室内
- 渋滞中の、動かないバスの中
- 火葬場の、扉が閉まった個室
最初はバラバラに見えるかもしれません。
でも、ある日ふと気がつきました。
——全部、「逃げられない場所」だ。
物理的にも、社会的にも、その場から自分の意思では出られない場所。
そういうところに置かれた瞬間、私の体は勝手にスイッチが入ってしまうようでした。
それからは、そういう場所に行くとわかっている日は、事前に頓服薬を飲んでから向かうようにしました。
予防的に薬を入れておくと、来そうな気配があっても、波をかなり抑えてくれるんです。
「逃げられない場所が苦手」というのは、パニック障害の典型的な特徴のひとつだと、後で知りました。
でも当時の私は、ただただ自分の体が信じられなくて、毎日が綱渡りでした。
「まさか自分が」を受け入れるまで
正直に言うと、最初のうちは認めたくありませんでした。
まさか、自分が。
健康診断ではいつもA判定。
体は丈夫なほうだと思っていた。
ストレスにも、人より強いつもりだった。
それなのに、なぜ。
何度もそう思いました。
「気のせいだ」「たまたまだ」「疲れてるだけだ」と、自分に言い聞かせた時期もあります。
でも、発作は何度も来ました。
場所を変え、シーンを変えて、来ました。
ある日、もう認めるしかなかったんです。
これは、ちゃんと向き合うべきものなんだ、と。
「まさか自分が」を、受け入れる。
それは敗北のような感覚ではなく、
むしろ「ようやく現実と握手できた」ような、不思議な感覚でした。
そこから少しずつ、私は病院や薬とつき合いはじめ、
最終的には50代前半で会社を辞めるという選択にたどり着きました。
今、4月の通勤がしんどいあなたへ
4月になると、それぞれの立場で いろんな変化があります。
新しい部署、新しい上司、新しい仕事、新しい人間関係。
不安になるのは、当然です。
むしろ、不安にならないほうが不自然なくらいです。
もし今朝、あなたが しんどい思いをしながら通勤したなら——
通勤できたこと、それだけでも、自分をちゃんと認めてあげてください。
「よく行けた」
「今日も乗れた」
「それで十分」
「大丈夫」
そんなふうに、自分に声をかけてみてください。
でも、もし。
本当に つらくなったら、休んでください。
休むことは、逃げじゃない。
休めるうちに休んでおかないと、私みたいに「逃げ場がなくなって、体が先に倒れる」ことになります。
あなたの体は、あなたが思っているより、ずっと正直です。
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——辞めた後に襲ってきた、想定外のしんどさ
そして、もし「自分も限界かもしれない」と感じている方は、
休職や退職を考える前に、傷病手当金という制度のことを ぜひ知っておいてください。
私は、この制度のことをもっと早く知っていれば、と何度も思いました。
あなたには、同じ後悔をしてほしくありません。
今日、ここまで読んでくれて、ありがとうございました。
傷病手当金の申請の流れや条件については、こちらの記事でまとめています。
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