私の中の叔母は、いつも元気で、早口で、場の空気をぱっと明るくする「チャキチャキしたお姉さん」でした。
ところが、久しぶりに大阪で会った叔母は、記憶の中よりもずいぶん小さく、細くなっていました。
顔立ちは、亡き父によく似ています。
駅で叔母の姿を見つけた瞬間、会えた安心と同時に、長い時間が流れたことを急に実感しました。
今回の大阪・京都旅行は、観光だけが目的ではありません。
大阪で一人暮らしをしている叔母の様子を自分の目で確かめ、これからの暮らしについて話すこと。
それが、この旅の本当の目的でした。

この記事でわかること
この記事では、次のことを紹介します。
- 一人暮らしの親族に会いに行こうと思ったきっかけ
- 本人の希望を尊重しながら、今後の選択肢を伝えた体験
- 親族訪問と家族旅行を組み合わせた1泊2日の過ごし方
- 大阪・京都旅行で実際に使った3人分の費用
- 退職後、家族との時間にお金を使って感じたこと
- 退職後にお金を使うことへの、気持ちの整理のヒント
大阪や京都の詳しい観光案内というよりも、50代になった私が、離れて暮らす親族と家族のこれからについて考えた記録です。
叔母の様子を、自分の目で確かめたかった
大阪には、父の妹にあたる叔母が一人で暮らしています。
電話で話すことはあっても、声だけでは実際の体調や暮らしの様子までは分かりません。
元気だと言われれば安心します。
一方で、「本当に大丈夫だろうか」という気持ちも、どこかに残っていました。
最初は、私ひとりで大阪へ行くつもりでした。
その話を家族にすると、
「せっかくなら、みんなで会いに行こうか」
という流れになりました。
日帰りでは慌ただしいため、1泊2日にして、大阪と京都も少し楽しむことに。
長男は就職活動で予定が合わず、妻と長女、私の3人で出かけることになりました。
退職して時間ができたとはいえ、家族全員の予定が簡単にそろうわけではありません。
それでも、叔母に会うという目的があったからこそ、家族旅行として予定を形にできたのだと思います。
電話では分からなかった、叔母の今の姿
初日の夜、大阪市内で叔母と待ち合わせました。
私の中の叔母は、何年たっても元気で、早口で、話題が尽きない人です。
実際に会って話し始めると、その印象は変わっていませんでした。
相変わらず言葉のテンポが速く、関西出身の私は普通についていけます。
ところが、妻と娘には速すぎたようで、ときどき私が通訳のように言い直していました(笑)。
話し方は以前と変わらなくても、姿は記憶の中よりずいぶん小さくなっていました。
親族同士だから似ているのは当然かもしれません。
それでも、細くなった叔母の顔に亡き父の面影を見つけたとき、少し言葉にしにくい気持ちになりました。
電話で声を聞くだけでは分からなかったことです。
会いに来てよかった。
叔母の姿を見ながら、そう思いました。
天ぷらを囲みながら、4時間話したこと
叔母が用意してくれた天ぷら店で、4人で食事をしました。
揚げたての天ぷらを食べ、飲み物を飲みながら、近況や昔の話をしていると、時間はあっという間に過ぎていきます。
気づけば、4時間ほど話していました。

楽しい話だけではありません。
体調のこと、今後の暮らしのこと、これから家族で引き継いでいかなければならないことについても話しました。
叔母は、これからも一人暮らしを続けたいという考えでした。
家族と暮らす選択肢もあることを伝えましたが、今すぐ生活を変えるつもりはなさそうです。
少し嫌そうな表情もしていました。
長く自分のやり方で暮らしてきた人にとって、住み慣れた場所を離れることは簡単ではありません。
こちらが心配だからといって、家族の都合で結論を急がせるのも違う気がします。
そこで、無理に同居を勧めることはしませんでした。
ただ、
「困ったときには、家族を頼ってほしい」
「ひとりで難しくなったときには、別の選択肢もある」
ということだけは伝えました。
叔母は、提案そのものを歓迎している様子ではありませんでしたが、声をかけたことには感謝してくれました。
今すぐ使う必要はありません。
それでも、困ったときに頼れる場所があると知ってもらえたなら、それで十分なのかもしれません。
大切なのは、答えを決めることより「逃げ道」を伝えること
50代になると、自分の生活だけでなく、親や親族の今後について考える場面が増えてきます。
心配する側は、どうしても先回りしてしまいます。
一人暮らしをやめた方がよいのではないか。
家族の近くへ移った方が安心ではないか。
早めにさまざまなことを決めた方がよいのではないか。
ただ、本人には本人の暮らしがあります。
心配しているからといって、こちらが正解を決められるわけではありません。
今回、叔母と話して感じたのは、すぐに答えを出すことよりも、
- 本人がどう暮らしたいのかを聞く
- 困ったときの選択肢を伝えておく
- これからも気にかけていると伝える
ことの方が大切なのではないか、ということでした。
家族ができるのは、本人の人生を代わりに決めることではありません。
いざというときに戻れる場所や、頼れる相手がいることを示しておく。
それも、家族の支え方のひとつだと思います。
真面目な目的があっても、家族旅行はしっかり楽しんだ
叔母に会うという目的はありましたが、せっかく家族3人で大阪まで来たので、観光と食べ歩きも楽しみました。
大阪に着いて、まず食べたのはたこ焼きです。
熱々のたこ焼きを頬張り、口の中を火傷しました。
その後に食べた大阪銘菓の月化粧も思った以上に熱く、また口の中を火傷しました。


道頓堀周辺を歩き、大阪らしいにぎやかな街の空気を楽しみました。
夜は叔母と天ぷらを食べ、ホテルに戻ってからは、買っておいたあんまんを温めて食べました。
温めすぎて、ここでも火傷しました。
大阪初日は、食べたものより、口の中のダメージの方が記憶に残っている気もします(笑)。

2日目は京都へ。作戦会議をしながら歩く
翌朝は、ホテルで朝食を食べながら、その日の行き先を家族で相談しました。
きっちりと旅程を決めていたわけではありません。
「今日はどこへ行こうか」
と話しながら決められるのも、家族旅行の楽しさです。
大阪から京都へ移動し、八坂神社の周辺や鴨川沿いを歩きました。

前日から火傷を繰り返していたので、途中で冷たいシェイクを飲みました。
これで口の中も落ち着くと思った直後、湯葉クリームコロッケを食べ、また火傷しました。
さらに、あんバター鯛焼きも食べました。
どうやら今回の旅では、「熱いものは少し待ってから食べる」という基本動作を完全に忘れていたようです。



観光名所をたくさん制覇したわけではありません。
家族で歩き、食べたいものを見つけたら立ち寄り、疲れたら休む。
それくらいのペースが、私たちにはちょうどよく感じられました。
大阪・京都1泊2日で使ったお金は、3人で約18万5,000円
今回の旅行で使った金額は、合計で約18万5,000円でした。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 新幹線往復・ホテル代 | 約160,000円 |
| 飲食・お土産代 | 約17,000円 |
| 現地での交通費など | 約7,000円 |
| 合計 | 約185,000円 |
※2026年5月に家族3人で実際に使った金額をもとにした概算です。各項目は端数を丸めているため、内訳の合計と総額に差があります。
旅行費用の大半は、新幹線とホテル代でした。
3人で約18万5,000円。
退職後の支出として考えれば、決して小さな金額ではありません。
会社員時代のように毎月同じ給与が入ってくるわけではないため、旅行から帰ったあとは、使った金額をあらためて確認しました。
楽しんだあとは、支出を見える化する。
次の楽しみを不安なく迎えるためにも、私には必要な作業です。
退職後に実際にかかったお金については、別の記事にまとめています。
▶ 50代・退職1年目のお金はいくら?生活費・健康保険・国民年金・住民税のリアル
一方で、金額だけを見て、
「使いすぎた」
と考えるのも違う気がしました。
叔母の様子を自分の目で確かめられたこと。
これからの暮らしについて、顔を見ながら話せたこと。
妻と娘と一緒に、大阪や京都を歩けたこと。
これらを含めた約18万5,000円です。
私にとっては、使った意味のあるお金でした。
退職後、お金を整える理由が少し分かった
退職後は、お金のことを考える時間が増えました。
健康保険料、年金、住民税。
これからの生活費や働き方についても、何度も考えます。
不安を減らすために、支出を確認し、資産や家計を整える。
それはもちろん大切です。
ただ、今回の旅を終えて、ふと思いました。
生活を整えたい理由は、数字をきれいに管理するためだけではありません。
家族と出かけること。
離れて暮らす親族に会うこと。
一緒に食べて、話して、笑うこと。
そうした普通の時間を、安心して楽しむために、お金も暮らしも整えているのだと思います。
旅の最後は、家でどん兵衛
大阪と京都を歩き、家族3人で自宅へ戻りました。
旅の締めに選んだのは、豪華な料理ではありません。
家で食べる、どん兵衛のうどんでした。

家族で出かけて、帰ってきて、温かいうどんを食べる。
それだけで、少しほっとします。
そして、案の定、ここでも口の中を火傷しました(笑)。
叔母のこれからについて、すべての答えが出たわけではありません。
一人暮らしを続けたいという叔母の意志を尊重しながら、これからもできる範囲で様子を見ていくことになります。
今回の旅でできたのは、叔母の姿を自分の目で確認し、
「困ったときには、家族を頼っていい」
と伝えたことです。
それだけでも、大阪へ行った意味はあったと思っています。
そして、妻と娘と旅の時間を共有できたことも、退職後に得た大切な経験になりました。
退職後に娘と出かけた高尾山の日帰り旅についても、別の記事にまとめています。


